大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

最高裁判所第一小法廷 昭和45年(オ)344号 判決

日本機設工業株式会社訴訟承継人

破産者日本機設工業株式会社破産管財人

上告人

柳沼八郎

右訴訟代理人

田邨正義

外一名

被上告人

増渕和稔

右訴訟代理人

城下利雄

外三名

主文

原判決中、原審被控訴人敗訴の部分を破棄する。

前項の部分につき、被上告人の控訴を棄却する。

訴訟の総費用は被上告人の負担とする。

理由

上告代理人古谷明一名義の上告状及び上告理由補充書並びに同田邨正義、同石井吉一名義の上告理由補充書記載の上告理由について。

原審が適法に確定した事実関係によれば、訴外大起建設株式会社(以下、大起建設という。)は、昭和四一年六月二四日被上告人よりその所有の本件農地(第一審判決別紙目録(六)記載の土地)を含む六筆の本件土地を、建売住宅の敷地とする目的で買い受け、本件農地につき農地法五条の許可を条件とする所有権移転仮登記を、その余の各土地につき所有権移転登記を、それぞれ得たうえ、同年七月初旬、本件土地を上告人の被承継人である原審被控訴人日本機設工業株式会社(以下、被控訴会社という。)に対する債務についての売渡担保として被控訴会社に譲渡し、同会社のため、本件農地については右仮登記移転の附記登記を、その余の各土地については所有権移転登記を、それぞれ経由したところ、被上告人と大起建設との前記売買契約(以下、本件売買契約という。)は、大起建設の代表者の詐欺に基づくものであつたため、被上告人は、同年七月二七日、大起建設に対し、本件売買契約の意思表示を取り消したが、被控訴会社は上記の売渡担保契約(以下、本件売渡担保契約という。)に際し、右詐欺の事実を知らなかつた、というのである。

しかして、原審は、詐欺をした者から目的物を善意で転得した者がその所有権取得について対抗要件を備えているときにかぎり、この者に対して詐欺による取消の結果を対抗しえない旨説示したうえ、本件農地については被控訴会社はもとより大起建設もその所有権を取得しているとはいいがたく、たんにその移転請求権を取得しているにすぎないし、かりにその現況のいかんにより所有権の移転が実現しているとしても、被控訴会社は所有権取得の対抗要件を備えている者ではないから、被上告人は詐欺による取消の結果を被控訴会社に対抗できると判示して被控訴会社の抗弁を排斥し、本件農地について被控訴会社が経由した仮登記移転の附記登記の抹消登記手続を求める被上告人の請求を認容したことは、所論のとおりである。

おもうに、民法九六条一項、三項は、詐欺による意思表示をした者に対し、その意思表示の取消権を与えることによつて詐欺被害者の救済をはかるとともに、他方その取消の効果を「善意の第三者」との関係において制限することにより、当該意思表示の有効なことを信頼して新たに利害関係を有するに至つた者の地位を保護しようする趣旨の規定であるから、右の第三者の範囲は、同条のかような立法趣旨に照らして合理的に画定されるべきであつて、必ずしも、所有権その他の物権の転得者で、かつ、これにつき対抗要件を備えた者に限定しなければならない理由は、見出し難い。

ところで、本件農地については、知事の許可がないかぎり所有権移転の効力を生じないが、さりとて本件売買契約はなんらの効力を有しないものでなく、特段の事情のないかぎり、売主である被上告人は、買主である大起建設のため、知事に対し所定の許可申請手続をなすべき義務を負い、もしその許可があつたときには所有権移転登記手続をなすべき義務を負うに至るのであり、これに対応して、買主は売主に対し、かような条件付の権利を取得し、かつ、この権利を所有権移転請求権保全の仮登記によつて保全できると解すべきことは、当裁判所の判例の趣旨とするところである(昭和三〇年(オ)第九九五号同三三年六月五日第一小法廷判決・民集一二巻九号一三五九頁、同三三年(オ)第八三六号同三五年一〇月一一日第三小法廷判決・民集一四巻一二号二四六五頁、同三九年(オ)第一三九七号同四一年二月二四日第一小法廷判決・裁判集民事八二号五五九頁、同四二年(オ)第三〇号同四三年四月四日第一小法廷判決・裁判集民事九〇号八八七頁、同四六年(オ)第二一三号同四六年六月一一日第二小法廷判決・裁判集民事一〇三号一一七頁参照)。そうして、本件売渡担保契約により、被控訴会社は、大起建設が本件農地について取得した右の権利を譲り受け、仮登記移転の附記登記を経由したというのであり、これにつき被上告人が承諾を与えた事実が確定されていない以上は、被控訴会社が被上告人に対し、直接、本件農地の買主としての権利主張をすることは許されないにしても(最高裁昭和二九年(オ)第九七一号同三〇年九月二九日第一小法廷判決・民集九巻一〇号一四七二頁、同三七年(オ)第二九一号同三八年九月三日第三小法廷判決・民集一七巻八号八八五頁、同四六年(オ)第二一三号同四六年六月一一日第二小法廷判決・裁判集民事一〇三号一一七頁参照)、本件売渡担保契約は当事者間においては有効と解しうるのであつて、これにより、被控訴会社は、もし本件売買契約について農地法五条の許可があり大起建設が本件農地の所有権を取得した場合には、その所有権を正当に転得することのできる地位を得たものということができる。

そうすると、被控訴会社は、以上の意味において、本件売買契約から発生した法律関係について新たに利害関係を有するに至つた者というべきであつて、民法九六条三項の第三者にあたると解するのが相当である。

論旨は、被控訴会社が被上告人に対して本件農地についての所有権移転請求権ないし条件付所有権の取得を対抗できることを前提として原判決を非難するものであつて、本件売渡担保契約について被上告人がなんらの関与もしていない以上、その前提を欠くけれども、被控訴会社が、被上告人のした本件売買契約の意思表示につき、民法九六条三項の第三者にあたると解すべきこと上述のとおりであつて、原審は右法令の解釈適用を誤つているのであり、その誤りは判決に影響を及ぼすことが明らかで、この点を指摘する論旨は、結局において理由があり、原判決は破棄を免れない。

そして、原審の確定した事実関係に右法令を適用すれば、本件農地についての被上告人の本訴請求についても、被控訴会社の抗弁は理由があり、被上告人の右請求は失当として棄却すべきものである。

よつて、民訴法四〇八条、九六条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(下田武三 大隅健一郎 藤林益三 岸盛一 岸上康夫)

上告代理人古谷明一の上告状記載の上告理由

第一点 原判決には理由不備ないし理由齟齬の違法がある。即ち、上告人が被上告人に対して原判決添付別紙物件目録(六)記載の土地(埼玉県岩槻市大字岩槻字西原三、地番五四五八番四、畑238.01平方米、以下本件上告の土地という)の所有権を対抗出来ないということから、直ちにその土地につき浦和地方法務局岩槻出張所昭和四一年七月六日受付第五六九八号をもつてした同年同月四日付譲渡による「三番仮登記の停止条件付所有権移転」の付記登記(以下本件上告の付記登記という)の抹消登記を命じたのは、次に述べる如くその理由が不備であるか、あるいは理由齟齬があると思われる。

一、原判決は、「詐欺をした者から目的物を善意で転得した者が、その所有権取得について対抗要件を備えているときは、この者に対して詐欺による取消の結果を対抗しえないが、目的物の所有権を取得せずにその物について債権を有するだけの場合およびその所有権を取得した場合でも対抗要件を備えないときは、右転得者はいまだ排他的な権利を取得したものではないから、この者に対しては詐欺による取消の結果を対抗しうると解するのが相当である。」という。

この理論は納得することが出来る。しかし、本件上告の土地についてみると、所有権が対抗の場さらされているのではない。

原判決もいうとおり、被上告人と大起建設株式会社(以下単に大起という)との間の本件上告の土地売買契約によつて大起が取得したものはその条件付所有権移転請求権だけだというべきである。

即ち、本件上告は農地であるため、農地法第五条の許可がなくては所有権を移転することが出来ず、従つてこの売買契約では、所有権移転の効果は生じなかつた。大起はこの債権契約によつて農地法第五条の許可を停止条件とする所有権移転請求権を取得したのである。そして、上告人が大起から譲渡を受けたのもまたこの所有権移転請求権に外ならぬのである。

二、所有権移転請求権はもともと単なる債権に過ぎない。そこで、排他性を有せず物権とは明かに一線を画する筈であるが、不動産登記法第二条第二号により仮登記することによつて排他性が認められることとなつた。この意味で物権とおなじ効力を有するに至つたわけである。そこで、本件についてみれば、大起は被上告人に対する所有権移転請求権を仮登記することによつて、その債権に排他性を備えさせ、その意味でこの請求権は物権化された。(本件では、条件付所有権移転の仮登記となつているが、条件付所有権移転請求権の保全の仮登記と同一の効力を認めて差支えないと思う。本件の仮登記も、本件上告土地の売買を原因としてなされたものであり、売買があれば買主は所有権移転請求権を取得するものだからである。不動産登記法第二条第二号も、両者の仮登記を区別していないし、同号の条文によれば物権移転の請求権を保全する仮登記だけが認められている。)

そして、上告人はこの排他性ある(対抗要件の備つた)所有権移転請求権を大起から譲受け、その旨の対抗要件を右仮登記の付記登記によつて備えたのである。これが本件上告の付記登記である。

だから、上告人は、この所有権移転請求権を取得したことについて完全な対抗力を備えたと解することが出来るのである。そうだとすると、被上告人は、大起との間の本件上告の土地の売買契約を詐欺として取消しても、上告人には、所有権移転請求権の消滅を対抗しえないことになる。

三、被上告人は、たしかに本件上告の土地の所有権者であるかもしれない。被上告人と大起との売買契約によつても、所有権が被上告人から大起に移転せず、また、右の売買契約によつて大起の取得した所有権移転請求権が大起から上告人に譲渡されても、その所有権の存在に変化なく、被上告人は前後一貫して所有権者である。(農地であるから、農地法第五条の許可がない限り、そうせざるを得ない。)だから、本件上告の土地については所有権の移転や復帰について、またその対抗について問題を生ずるのではないのである。

被上告人と大起との売買契約において発生し、取消によつて消滅するという変化をたどるのは、まさに所有権移転請求権であり、されば取得の効果を対抗しうるか否かというときも、所有権移転請求権が消滅したと主張しうるか否かという問題なのである。

そして、所有権移転請求権を受けた上告人において善意であり、その譲渡の対抗要件を備えている以上は、被上告人は、所有移転請求権の消滅を対抗しえない(これが詐欺による取消を対抗しえないということの内容である。)ということになる。

そうだとすれば、所有権移転請求権の公示方法たる本件上告の付記登記の抹消を求めることは出来ないわけである。被上告人が所有権者だということだけから、本件上告の付記登記を求め得ないことは明らかである。即ち、被上告人は本件上告の土地の所有権者であるとしても、上告人はこれに対して所有権移転請求権を有する(勿論、農地法第五条の許可を条件としてであるが)といわなければならない。そうだとすると、本件上告の付記登記はその実体を有するものであり、抹消される理由はないことになる。

四、原判決は、「被控訴会社(上告人)は大起建設名義の所有権移転登記上の権利移転の付記登記を経ているだけであつて所有権取得の対抗要件を備えている者ではないから、控訴人(被上告人)は右詐欺による取消の結果を対抗することができるといわなければならない。」という。即ち、上告人は、所有権取得の対抗要件を備えていないから、被上告人は詐欺による取消を対抗し得るという。

それが、被上告人が所有権を対抗し得るという意味なら、その結論は正しい。ただ、所有権を対抗しうるのが取消の効果だというのは誤りであること前述のとおりである。しかし、被上告人が詐欺による取消を対抗しうるということの意味が、所有権移転請求権の消滅をも対抗するという意味なら正しくない。いかにも上告人は所有権取得の対抗要件を備えていない。

しかし、上告人は、所有権移転請求権の対抗要件を備えている。

原判決が被上告人が取消を対抗しうるといつた理由は、上告人が所有権取得の対抗要件を備えていないことだつたのだから、逆に、上告人が所有権移転請求権の対抗要件を備えていれば、被上告人が取消を対抗しうるとは言われないことになる。こうして、上告人は、被上告人に対して所有権取得を対抗するものではなく、所有権移転請求権の存在を対抗するのであつて、被上告人が所有権移転請求権の消滅を対抗しうるというのが正しくないことが明らかである。

この上告人の有する対抗要件がまさに本件上告の付記登記であるがこれは決して被上告人が現在所有権者であることと矛盾するものでもなければそれを否認するものでもない。だから、被上告人が所有権者だというだけで抹消せられるべきではない。この対抗要件によつて公示されている権利たる所有権移転請求権の消滅したとき(又は発生しなかつたとき)に抹消せられるべきであるが、この権利の消滅を、被上告人は上告人に対抗しえないのである。少くとも、原判決ではこの権利の消滅したことを認定していないからその点で理由不備であるか、理由齟齬である。

五、以上のように、本件上告の土地について、詐欺による取消によつて対抗の問題のおきるのは所有権移転請求権の存続か消滅かの問題であつて、所有権の帰属の問題ではない。本件上告の付記登記は、この所有権移転請求権の公示方法である。原判決はこの点で二つの誤りを生じた。

第一は、上告人が所有権の対抗要件を備えていないから、被上告人は詐欺による取消の効果を対抗しうるとした点である。上告人は、所有権を対抗するのではない。第二は、被上告人が所有権を対抗しうるということから、直ちに本件上告の付記登記の抹消を命じたことである。本件上告の付記登記は所有権の公示方法なのではないのである。このように、原判決には誤りがあり、これは理由不備ないし理由齟齬の違法があるといえると思われる。

六、尚、大起のした登記は仮登記であり、この本件上告の付記登記もこの仮登の付記登記に過ぎないのだから、仮登記は、順位保全の効力しか有せぬものということで、上告人は何も対抗要件を備えていないのとおなじである、というのも誤りである。仮登記である以上、所有権移転の対抗力は持たぬが、大起が被上告人から取得した権利すなわち所有権移転請求権については、被上告人に対抗要件がなくても(仮登記だけでも)大起に対しての負担している義務である。この義務が上告人に移転したことについては、本件上告の付記登記(これは本登記である)によつて完全な対抗力が備つている。上告人がこの付記登記によつて公示される権利だけを、被上人に対抗しうるにはこれで十分な筈である。それにまた、被上告人が上告人にこの本件上告の付記登記を抹消しうるかという問題を考えるときは、それを肯定する結論にはならない筈である。

七、以上は、本件上告の付記登記(ないし大起のなした仮登記)が条件付所有権移転請求権保全の仮登記と同一視されるものとして論じた。しかし、それが同一視できないというのであれば以上に論じた条件付所有権移転請求権を、「条件付に所有権を取得しうる権利」と置きかえてもよい。或いは「条件付で移転したところの所有権」と言つてもよい。大起のなした仮登記によつて対抗力を備えた権利は、こういう権利だと説明する方が少くともこの仮登記の形式には合致するかもしれない。また、被上告人と大起との売買契約では単なる債権契約として大起が条件付所有権移転請求権を取得するだけでなく物権行為もあつて条件付に物権も移転すると解し、これを条件付に所有権を取得しうる権利又は「条件付で移転した所有権」とした方が適切かもしれない。なぜなら、売買契約があつた場合に所有権を移転するのに障害があるときはその障害がなくなつたら、そのときに直ちに所有権移転の効果を生ずるのが原則と解されているからである。ただ、このように置きかえることは、不動産登記法第二条第二号の趣旨には反するかもしれない。この条文はさきに触れたように物権移転の請求権を保全するために仮登記を認め、その請求権が条件付のときも仮登記を認めるが、「条件付に所有権が移転した」ということ(即ち、後日あらためて物権行為をするのではない。)を公示する仮登記を認めていると解しにくいように感じられるからである。しかし、何はともあれ、「条件付に所有権を取得しうる権利」或いは「条件付で移転した所有権」が債権であるか物権であるかはともかく、また権利であるか地位であるかも別としてこれが仮登記されると、対抗要件を備えたことになり、排他性、対抗力を持つようになる。この意味で物権となつたとも言つてよい。しかし、「条件付に所有権を取得しうる権利」にしても、「条件で移転した所有権」にしても現在の所有権とは異り、それと両立しないものではなく、現在の所有権と矛盾しないものであることは条件付所有権移転請求権とおなじことである。

原判決では、所有権とこの「条件付に所有権を取得しうる権利」ないし「条件付で移転した所有権」を混同してしまい、上告人がこの前者を有せぬということから、後者の公示方法たる本件上告の付記登記まで抹消を命じてしまつたのである。

七、以上のように、原判決には本件上告の付記登記の抹消を命ずるにつき、その理由に齟齬がありまたは理由に不備があるというべきである。

第二点 原判決に理由齟齬の違法がないとすれば、その原判決の述べる理由は法令違反があり、判決に影響を及ぼすことが明かだと思われる。

一、即ち、第一点に論じたとおり、原判決は上告人が被上告人に対して本件上告の土地の所有権を対抗しえないということから、被上告人は上告人に対して詐欺による取消を対抗しえるとし、本件上告の付記登記の抹消をも命じた。これが誤りであることは第一点に論じたとおりである。従つて、原判決が本件土地の付記登記の抹消を命ずる理由として、被上告人が上告人に対して詐欺による取消の効果を対抗しうるからだと述べ、これで理由齟齬がないというのであれば、右のように取消の効果を対抗しうるということが民法第九六条第三項の解釈を誤り、もつて法令違反したものというべきである。なぜなら、大起の取得した権利(これが所有権移転請求権か、その他の権利かは前述のように問題であるが)が対抗要件を備え、それが上告人に移転されてその対抗要件も備えている本件にあつては、被上告人は、この権利を主張する上告人に対して詐欺による取消を対抗しえぬと解すべきだからである。これも、第一点に述べたとおりである。そして、この法令違反が判決に影響を及ぼすことは明らかである。

二、原判決で「……目的物の所有権を取得せずその物についての債権を有するだけの場合およびその所有権を取得した場合でも対抗要件を備えないときは、……この者に対しては詐欺による取消の結果を対抗しうる。」というのは教科書にも出ている理論で正しい。ただ、「その物について債権を有する」というとき、その債権は、取消されるべき契約によつて生じた債権をいつているのではなく、その後、被詐欺者がその物を売つたり貸したりしたことによつて生ずる債権を指していることは文理上明瞭である。

それなのに、原判決が、上告人は本件上告の土地については所有権移転請求権という債権だけを有する者とし、この債権が取消されるべき契約によつて生じたものであることを考慮せず、また、この債権が善意の第三者たる上告人に譲渡されたことについて対抗要件(本件上告の付記登記。なおこれは本登記である。)が備つていることも考慮せずに、被上告人は、上告人に取消を対抗できるという結論に達した。これは、さきの自ら述べた民法第九六条第三項の理論を誤つて本件に適用したものであり、判決に影響を及ぼすものである。

三、また、原判決が本件上告の付記登記をもつて上告人がその内容たる権利(これがどんな権利かは上述のとおり問題としても)を有することの公示方法と認めず、従つて被上告人から詐欺による取消を対抗され得ると解したことは不動産登記法第二条第二号についてもその解釈を誤つたといえるように思われる。

四、以上のとおり、原判決は法令に違反したものであつて、それが判決に影響を及ぼすこと明らかだから、ここに上告をする次第である。

上告代理人古谷明一の上告理由補充書記載の上告理由

第一点 さきの上告理由で言及した本件上告の付記登記(上告理由の中の略語による。以下同じ)によつて公示される権利につき、原判決にはその解釈を誤つた違法があると思われるのでここに少しく補充して主張する。

一、この上告人が取得した権利が、この本件上告の付記登記によつて対抗力を備え、被上告人が大起との売買契約を詐欺として取消しても被上告人に対抗しないところの権利なのである。

二、この権利を何と呼ぶかは、上告理由第七項で触れたが、名称はそれ程度重要でない。ただ、この権利は仮登記によつて対抗力を備えるところの権利である。そして、本件においては大起がこの権利を仮登記することによつて対抗力を備え、この権利が大起から上告人に譲渡されたことについては、その仮登記の付記登記(本件上告の付記登記)によつて対抗力が備わつたのである。

三、この権利と同じように、仮登記によつて対抗力を備える権利としては、不動産についての売買予約完結権が考えられる。

教科書(我妻『債権各論・中巻一』二五九頁)にもこの権利は形成権だが仮登記をすることができ(不動産登記法第二条第二号)、これをすれば第三者に対抗できると書いてある。

四、この売買予約完結権の譲渡の付記登記による対抗力の判例としては、最高裁判所昭和三五年一一月二四日判決(民集第一四巻二八五三頁)がある。「不動産売買予約上の権利を不動産登記法二条二号の仮登記によつて保全した場合に、右予約上の権利の譲渡を予約義務者その他の第三者に対抗するためには、仮登記に権利移転の付記登記をなせば足りるのであり……」と言つている。

本件においても、大起のした仮登記によつて対抗力を備えた権利(これを、今は「条件付に移転する所有権」と呼ぶことにする)について、大起から上告人に譲渡したことを被上告人その他の第三者に対抗するには、本件上告の付記登記で十分な筈である。

五、本件土地についての所有権は、未だ条件成就により移転したわけでなく、従つて、仮登記について本登記がなされているわけでもない。この時点において、被上告人は大起との売買契約を詐欺により取消した。しかし、前記判例の事案は、仮登記後、被上告人(勿論本件の被上告人ではない)が付記登記をする前に上告人(本件の上告人でない)が仮差押したものであるが「前記仮登記によつて保全された本件不動産の売買予約上の権利を譲受け、売買予約完結の意思表示をして所有権移転の本登記を了した被上告人は、その登記事項をもつて、右仮登記後同一不動産について仮差押登記を経由した上告人に対抗しうるものというべく……」という。本件でも、被上告人の取消の意思表示後でも、条件成就すれば、仮登記を本登記にできるわけであり、そうなれば、上告人は本件土地の所有権について仮登記後に取消の意思表示をした被上告人に対抗しうるものとされるのである。

仮登記や付記登記にもこのような効力がある。被上告人が取消の意思表示をしたとき、原判決の述べるような理由だけで本件上告の付記登記の抹消までも命じてしまうのは、その理由がないものと思われる。

六、売買予約完結権について、このように公示方法が与えられ、第三者への対抗力、排他性という性質が認められるようになつたのは、この権利がそれ自体で財産的価値を有するようになり、取引の対象とされるようになつたからである。そこで、この権利の公示方法と、権利移転の対抗要件が必要となつたのである。本件における「条件付に移転する所有権」ともいうべき権利も、この点において異るところはない。現在ではこの権利自体の財産的性質を認められ、また現実に取引もされているわけである。現在、登記名義が農地でも実質的に宅地になつている土地又は宅地にしようとする土地は、極めて多く取引されるようになつたが、その取引では、農地法の規定から所有権移転は出来ない。その場合、形式上、取引の対象とされるのが、この「条件付に移転する所有権」である。

そして、この権利の公示方法が仮登記であり、権利移転のそれが付記登記である。このような権利の概念も公示方法も、実定法上はそのままの姿で認められているものではないが、社会での取引の必要上生れたものである。

このようなものを否定するのが正しくないのは勿論であつて、実際上も、この仮登記、付記登記が行われているわけである。

第二点 以上のような権利の公示方法たる本件上告の付記登記の抹消を命じた原判決には理由齟齬又は理由不備の違法がある。この点も前に上告理由で触れたが、ここに補充する。

一、大起のした仮登記、本件上告の付記登記がなんら実質上の権利を伴わずもともと無効なのだという理論が誤りであるのは第一点で述べたとおりである。原判決もそのような理論は採つていない。しかし、原判決は、詐欺による取消の対抗の問題を考える段階になつてこの権利を全く無視し、所有権だけで処理した。

所有権を対抗できないということから、所有権の公示方法ではないところの本件上告の付記登記の抹消まで命じてしまうのは、全くその理由がなく、違法たることを免れないものである。

二、以上のような、所有権を対抗できぬから或いは所有権それ自体がないのだから、本件上告の付記登記は抹消されるべきであるという理論は、そもそも大起のなした仮登記が実質的な所有権を伴わず、大起は被上告人に所有権を対抗できないのだから、その仮登記は無効であつて抹消されなければならない、という理論と全くおなじことに帰する。勿論、その理論からすれば本件上告の付記登記も実質的な所有権移転が伴わず、その点において既に抹消されるべきことになる。詐欺による取消があつてはじめて抹消されるべきものではない。このことは、このような仮登記及び付記登記を全面的に否定することになつてしまうが、それは、現在の実務に反し、原判決もそのような理論を説示しているわけではないのである。

ここにも原判決の理由齟齬ないし理由不備の違法があるのである。

三、原判決は、大起のした仮登記も本件上告の付記登記も所有権の公示方法でないことを認めた。即ち、この仮登記ないし付記登記の公示する権利は所有権以外の何かの権利であることは認めた筈である。しかるに、詐欺による取消によつて対抗されるか否かの対象たる権利は所有権ということで固めてしまつて、詐欺による取消の対抗の問題と、所有権対抗の問題とを等置してしまつたのである。ここに、誤りの源があることは既に指摘したとおりである。

上告代理人田邨正義、同石井吉一の上告理由補充書記載の上告理由

上告代理人古谷明一の上告理由第二点を以下のとおり補充する。

一、(民法九六条三項の第三者と対抗要件)

民法九六条三項は、詐欺による意思表示の取消権者と右取消権者と両立しない取引関係に立つに至つた第三者との利害の調整について、第三者が善意であるかぎり、その利益を優先せしめる旨を定めたものである。したがつて、同条の「第三者」は、その権利取得について対抗要件を備えていると否とを問わず、およそ詐欺による意思表示であることを知らなかつたすべての第三者を含むと解すべきである。

これに対して、九六条三項の第三者として保護を受けるには、対抗要件を備えることが必要であるとする原判決の見解は、同項がいわば「対抗」以前の問題を取扱つていることを無視したものであつて、およそ正当ではない。

ことに、原判決のごとき見解をとると、取消権者は、自ら何ら対抗要件を備えることなくして善意の第三者の対抗要件の欠缺を主張しうることとなるが、かかる結果は第三者の利益の優先を定めた法の趣旨を没却するものと言わなければならない。

ちなみに、大審院昭和七年三月一八日民五部判決(民集一巻四号三二七頁)は、民法九六条三項の適用にかんし、貨物引換証による転得者が裏書の連続を欠いたため引換証により動産所有権を取得できなかつた場合について、その転得者も売買契約上の貨物引渡請求権を有するから「第三者」として保護されると解している。

また、最高裁昭和四四年五月二七日第三小法廷判決(民集二三巻九九八頁)は、通謀虚偽表示にかんしてではあるが、つぎのように述べている。

「民法九四条が、その一項において相手方と通じてした虚偽の意思表示を無効としながら、その二項において右無効をもつて善意の第三者に対抗することができない旨規定しているゆえんは、外形を信頼した者の権利を保護し、もつて、取引の安全をはかることにあるから、この目的のためにかような外形を作り出した仮装行為自身が、一般の取引における当事者に比して不利益を被ることのあるのは、当然の結果といわなければならない。したがつて、いやしくも、自ら仮装行為をした者が、かような外形を除去しない間に、善意の第三者がその外形を信頼して取引関係に入つた場合においては、その取引から生ずる物権変動について、登記が第三者に対する対抗要件とされているときでも、右仮装行為者としては、右第三者の登記の欠缺を主張して、該物権変動の効果を否定することはできないものと解すべきである。」

民法九四条と九六条とでは、右判決の言うところの「外形」を作出した表意者の行為が、比喩的に言えば、前者は「故意」に近いのに対し、後者はいわば「過失」に止まるという差違の存することは否定できないであろう。だが、それにもかかわらず、九四条二項と九六条三項とが同様の表現を用いることは、少くとも取引の安全の観点からは、過失により真実と異なる外形を作り出した当事者も、故意による場合と同列に取扱うべしとする立法者の決断を示していると見るべきである。

したがつて、九六条三項を九四条二項とことさらに区別し、第三者の対抗要件の具備を要求する原判決の見解には、同条の解釈を誤つた違法があると言わなければならない。

二、(仮登記された権利の譲渡と対抗要件)

本件農地部分について、訴外大起建設が被上告人増渕から取得ないし設定を受けたのは、「所有権」そのものではなく、「所有権移転請求権」である。したがつて、仮に九六条三項の第三者につき対抗要件の具備を要すると解したとしても、本件では、上告人日本機設工業が右所有権移転請求権の転得について対抗要件を備えているかどうかを検討されるべきであり、また、これをもつて足りることは既に上告理由において指摘したとおりである。

そして、上告人が本件農地につき「大起建ママ設名義の所有権移転仮登記上の権利移転の付記登記を経て」いることは原判決も認めているところ、最高裁昭和三五年一一月二四日、第一小法廷判決(民集一四巻二八五四頁)は「不動産売買予約上の権利を仮登記によつて保全した場合に、右予約上の権利の譲渡を予約義務者その他の第三者に対抗するためには、仮登記に権利移転の附記登記をすれば足り、債権譲渡の対抗要件を具備する必要はない」旨判示しているのである。

右の理が不動産登記法二条二号の仮登記一般に妥当することは言うまでもなく、したがつて、原判決はこの点において判例違反のそしりをも免れない。

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例